寡黙な少年との出会い

寡黙でもみんな友達

 二年生の担任からそのまま三年生を担任したときのことです。クラスの男子生徒の中にほとんど話さない生徒がいました。孤立しているわけでもなく、いつもにこにこしている生徒でした。友達も少ないわけではありませんでした。友達と遊ぶときも、ほとんど声を出さないのです。私は彼の声を聞いたことがありませんでした。
 学校生活に何か不安があるのだろうかと、いろいろと考えてみましたが、思い当たることがみつかりませんでした。私が気づかぬだけで、きっと彼には何らかの不安があるからこそ、学校という場で寡黙になるのだと思っていましたが、その原因が分からぬまま、時間だけが過ぎていきました。

どんな場面でも寡黙の彼

 進路が近づき、何度か行った三者面談でも、彼は声を出すことはありませんでした。彼は声を出さずにも、不思議なくらいに学校生活や友達関係は不自由なく過ごしていました。
 彼は私に話したいことがあると、笑顔で私の近くにくるのです。それだけで、彼が何を伝えたいのかが、ある程度分かるようになっていました。それでも時々彼の伝えたいことがわからないときは、彼の友達が私の近くに来て、「〇君はこんな事を話したいんだよ。」と私に教えてくれるのです。

卒業式でのひと声

 進路も決まり、卒業式の練習が始まりました。卒業証書授与の練習のときは、生徒の名を一人ひとり呼び、生徒は大きな声で返事をしていきます。しかし、彼はにこにこした顔で口を動かしますが、声を出さないのです。
 全体指導で「担任としてみんなの名を呼ぶのは、卒業式が最後になる。私も精一杯の声でみんなの名を呼ぶ。みんなも大きな声で返事をしてほしい。」と伝えるものの、彼にはどう伝わっているかが心配でした。
 卒業式当日。みんな元気に登校してきました。卒業証書授与のときも、練習どおりにみんな大きな声で返事をしました。彼の番になりました。私は一瞬彼の顔を見ました。緊張した彼の顔が私のほうを見ていました。
 彼の名を呼ぶタイミングがほんの少し遅れました。クラスの生徒は、ほんの少しの遅れに気づき私の顔を見ました。クラスメイトは、彼の返事を気にしていないように感じていましたが、本当はこんなにも気にしていたのだと感じました。息を整え、彼の名を大きな声で呼びました。すっと立った彼は、返事をしたのです。けして大きな声ではありませんでしたが、彼は声を出したのです。一年間一緒に生活をしていて、初めて彼の声を聞きました。
 彼の顔は、少し照れたようにも見えました。クラスメイトもみんな笑顔で壇上に上がった彼の姿を見ていました。

 彼のおかげで、聞こえる声だけでなく、心が伝わることの大切さを学ぶことができました。彼との生活は、不思議な空気の中で過ごすことができた一年間でした。
 (子は宝です)

2019年10月22日