我が子が進路を決めるとき

『わがまま言って いいんだよ』

〇親子でトラブル

 中学校3年生の2学期は具体的に進路先を絞り込む時期です。
そんな2学期のある晩、男子生徒の保護者から私の自宅に「進路のことで相談をしたいのですが、明日、学校へ伺ってもよろしいですか?」と電話が入りました。

 翌朝、彼は元気がありませんでした。彼に「昨晩、親と進路の話をしたの?」と声をかけましたが、彼はひと言「もういいんだ。決まったから」と言うのです。「放課後、お母さんが来るから一緒に話そう」と声をかけたのですが、彼はうつむいたままでした。

放課後、彼と母親と私の三人で話をしました。「この子は父親と進路先の相談ができないのです」と母親が話し始めたとき、彼が「もう決めたって言ったじゃん!」と大きな声で言うのです。「でも、本当にそれでいいの?」と母親は息子に言葉をかけました。

〇自傷行為

 以前、彼の腕にひっかいた跡が残っていました。そのとき、気になり彼に尋ねたことがあります。彼は「自分でやっちゃった」と明るく答えました。その後、今度は彼の頬が赤くなっているのに気づきました。彼に聞くと前回と同じように「自分でやっちゃった」というのです。不思議に思い、問い詰めると、彼は自分の心が整理できなくなると、部屋に閉じこもって自傷行為をしていたのでした。

 母親と彼と話をしながら、そのことを思い出し、そっと彼の腕を見ました。まだ新しい傷がそこにはありました。
 進路先について父親はどうしても公立高校へ行ってほしい、いや公立高校でないと受験させないと言っているというのです。でも彼の中には、どうしても行きたい私立高校があるのです。それが口に出せなかったのです。それで昨晩も言い出せず自分の部屋に閉じこもったという。

〇わがまま言っていいんだよ

 「先生の前だから、ちゃんと自分の気持ちを言ってごらん」と母親は彼に話しかけるのです。
 やっと彼は自分の言葉で、自分の進路について話し出しました。「俺、A高校のB科に行きたい。ずっと前からそう思っていた」と小さな声だがしっかりとした口調で話しました。
 彼にどうしてそこに行きたいのかと尋ねると、彼はとてもよくその高校を調べていました。実際にその高校へ行き、取得できる資格を調べ、自分の将来の職業までも考えていたのです。
 「なぜ、お父さんにそのことを言わないの?」という私の言葉に「だって親父は頑固だから、いったんダメといったら絶対ダメなんだ。俺が小さい頃からずっとそうだった。それに、お金が公立高校より少し余計にかかるし…」と。彼はもう涙声でした。
 「A高校を受験しなさい。お母さんからもお父さんに話すよ。お金のことは気にしないでいいよ。お母さんも働くから、だからあんたもがんばって」と、母親は泣きながら我が子の肩を抱きしめした。

 「今まで家族のことを考え、幼い兄弟のことを考え、自分の事を一番後回しにして考えてきたんだろう。いいんだよ。わがまま言って。もういいんだよ。思いっきりわがまま言って」と彼に声をかけるのが私には精一杯でした。母親は彼の手を握り「一緒にがんばるから」と彼に声をかけました。彼はポタポタと涙を落としながら大きくうなずきました。

彼の進路決定は受験高校を決めるだけではなかったのです。父親からの巣立ちでもあったのです。

*彼は希望したした私立高校を受験し、優秀な成績で合格しました。入学式の時、彼が新入生代表として挨拶をしたのです。
 数日後、ご両親が私のところ訪ねてきました。「先生、うちの息子です」と言いながら手渡したのは彼が入学式で新入生代表として挨拶をしているときの写真でした。

2019年08月05日