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見えないところの努力

*カセットテープの時代のできごと。私にとって生徒に教えられたできごとです。

私もがんばっているんだから

 秋になると合唱コンクールを行う学校は多くあります。各学級では、どんな曲を歌おうかといろいろな曲を聞きながらクラスメイトみんなで決めていきます。全員一致で曲が決まることはなかなかありません。そこで、それぞれが歌いたい曲のよさをクラスメイトに主張しながら、話し合います。それでも決まることはなかなかないのです。それぞれが話し合いながら、どこで折り合いをつけるかになってきます。

パートを決めて

 曲が決まれば練習です。クラス全員で、曲の歌詞をゆっくり読み、イメージをつかんでいきます。そして、クラスが三つのパートにわかれ、三人のパートリーダーを中心に、練習を始めました。毎日、朝の会・帰りの会と練習を繰り返しました。
 大変なのは伴奏者と指揮者です。それぞれのパートを回って、伴奏や指揮をしていくのです。一つのパートで伴奏や指揮をすると、他のパートには伴奏者や指揮者がいません。

伴奏者が動き出した

 放課後、「先生、空のカセットテープ三本ありますか?パートごとに音を入れてきたいんです」と伴奏をしている生徒が私のところに来ました。急だったので、「上から録音をしてもいいから」と音の入っているカセットテープを彼女に渡しました。翌朝、彼女は「先生、録音終えたので、これで練習をしていいですか」と三本のカセットテープを職員室へ持ってきました。彼女は自宅でピアノを弾き、一晩でカセットテープに録音をしてきてくれたのです。

消し忘れの彼女の本音

 彼女からカセットテープを受け取りながら「放課後の練習でこのカセットテープを使おうな」と声をかけました。
 私の担当教科の授業がない時間に、そのカセットテープを聴いてみました。伴奏のうまい彼女なら、あっという間に三つのパートを録音したのだろうと思っていたのですが、そのカセットテープから流れてきた音を聞き、驚きました。
 ピアノの音だけでなく、彼女の言葉も入っていたのです。その言葉は、独り言のようでした。彼女は自分の言葉が入っているとは思わないまま、私にカセットテープを渡したのでしょう。
 「もうこんな時間だ」「何でうまくいかないの」「あ~、もう!」など、彼女の嘆きに近い声が入っていたのです。
 ショックでした。伴奏の録音など簡単だと思っていた私は、彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。クラスメイトも録音は簡単にできるものだと思っていたことと思います。
 放課後までに彼女の声が入っていた部分を消しました。何もなかったようにカセットテープを使い、パート練習が始まりました。彼女は、自分の苦労を誰にも話しませんでした。

合唱コンクール。結果は優勝。その結果が出たとき初めて彼女の苦労をクラスメイトに話しました。
(子は宝です)

2019年10月28日

寡黙な少年との出会い

寡黙でもみんな友達

 二年生の担任からそのまま三年生を担任したときのことです。クラスの男子生徒の中にほとんど話さない生徒がいました。孤立しているわけでもなく、いつもにこにこしている生徒でした。友達も少ないわけではありませんでした。友達と遊ぶときも、ほとんど声を出さないのです。私は彼の声を聞いたことがありませんでした。
 学校生活に何か不安があるのだろうかと、いろいろと考えてみましたが、思い当たることがみつかりませんでした。私が気づかぬだけで、きっと彼には何らかの不安があるからこそ、学校という場で寡黙になるのだと思っていましたが、その原因が分からぬまま、時間だけが過ぎていきました。

どんな場面でも寡黙の彼

 進路が近づき、何度か行った三者面談でも、彼は声を出すことはありませんでした。彼は声を出さずにも、不思議なくらいに学校生活や友達関係は不自由なく過ごしていました。
 彼は私に話したいことがあると、笑顔で私の近くにくるのです。それだけで、彼が何を伝えたいのかが、ある程度分かるようになっていました。それでも時々彼の伝えたいことがわからないときは、彼の友達が私の近くに来て、「〇君はこんな事を話したいんだよ。」と私に教えてくれるのです。

卒業式でのひと声

 進路も決まり、卒業式の練習が始まりました。卒業証書授与の練習のときは、生徒の名を一人ひとり呼び、生徒は大きな声で返事をしていきます。しかし、彼はにこにこした顔で口を動かしますが、声を出さないのです。
 全体指導で「担任としてみんなの名を呼ぶのは、卒業式が最後になる。私も精一杯の声でみんなの名を呼ぶ。みんなも大きな声で返事をしてほしい。」と伝えるものの、彼にはどう伝わっているかが心配でした。
 卒業式当日。みんな元気に登校してきました。卒業証書授与のときも、練習どおりにみんな大きな声で返事をしました。彼の番になりました。私は一瞬彼の顔を見ました。緊張した彼の顔が私のほうを見ていました。
 彼の名を呼ぶタイミングがほんの少し遅れました。クラスの生徒は、ほんの少しの遅れに気づき私の顔を見ました。クラスメイトは、彼の返事を気にしていないように感じていましたが、本当はこんなにも気にしていたのだと感じました。息を整え、彼の名を大きな声で呼びました。すっと立った彼は、返事をしたのです。けして大きな声ではありませんでしたが、彼は声を出したのです。一年間一緒に生活をしていて、初めて彼の声を聞きました。
 彼の顔は、少し照れたようにも見えました。クラスメイトもみんな笑顔で壇上に上がった彼の姿を見ていました。

 彼のおかげで、聞こえる声だけでなく、心が伝わることの大切さを学ぶことができました。彼との生活は、不思議な空気の中で過ごすことができた一年間でした。
 (子は宝です)

2019年10月22日

環境は人を変える

環境は人を変える

 私の隣のクラスはいつも掃除が遅く、授業も落ち着きがありませんでした。担任もどう指導してよいのか戸惑っていたようでした。授業に落ち着きがないと、教室も汚れています。掃除の時間もなんとか楽をしようとする生徒が出ていました。

放課後の教室で

 ある日、帰りの会を終え、子どもたちが帰ったあと、教室で生徒のノートを見ていました。生徒が帰ったあとの教室はとても静かです。
 その静かな中で、机を動かす音が隣の教室から聞こえてきました。生徒はみな帰ったはずなのに教室から聞こえてきたのです。
 そっと教室を出て、廊下から隣の教室をのぞくと、担任が一人で生徒の机をきちっと並べていたのです。
 落ち着きがなく、ざわざわしていた教室だけに生徒が帰ったあとの教室も机が乱れていました。その乱れた机を、担任一人で整頓していたのです。
 若かった私は、「どうして教師がこんなことを…」「生徒にやらせるべきだろう!」とその姿を見ながら思っていました。
 その日から、隣のクラスの担任は毎日生徒が帰ったあと、教室の机を整頓していました。それでも、教室は落ち着きを取り戻せませんでした。

生徒はじっと見ていた

 ある日、隣のクラスの担任が出張でいませんでした。出張でいないはずなのに、隣の教室から机を動かす音が聞こえてきたのです。そっとその教室をのぞくと、二人の女子生徒がクラス全員の生徒の机を整頓していたのです。いつも担任がしていることと同じことをしていたのです。
 思わず「何をしているの?」と声を掛けると、二人の生徒は一瞬驚いた顔をして、「毎日、先生がしていることをしているだけ」とさらっと答えるのです。
 「どうして、担任が毎日していたってわかるの?」と尋ねると、「そんなのわかるよ。毎朝、登校してくれば、机がきちっと並んでいるんだもの。みんなわかっているよ。」と話してくれました。

生徒の姿に変化が

 それからは放課後に担任と二人の女子生徒の三人で机の整頓が始まりました。不思議なことに、その頃からクラスの落ち着きが出てきたのです。落ち着きがないから、教室が汚いのではなく、教室が汚かったから、落ち着けなかったように感じました。
 放課後の机の整頓を担任と一緒にする生徒も増えてきました。そして、自然と掃除の時間も、どのクラスより、よく行うクラスになりました。
 らずしも伝わるもの。語らないからこそ強く、深く伝わるものがあることを学ばせて頂きました。

 子どもたちは教師の、大人の姿をじっと見ているのです。そこに子どもたちの姿が見えなくとも、教師の、大人の心の奥まで子どもたちは見ているのです。
そして、その姿を本当に感じたとき、子どもたちは自然と行動を始めたのです。言葉ではなく、姿(行動)で子どもたちは動き出したのです。子は宝です。

2019年10月07日

子どもの感性

先生、今日は丸いね

 授業が終わり、帰りの会が始まるまでの間に、十五分間の掃除の時間があります。私の清掃担当場所には、三年生が来て、いつも一緒に掃除をしています。
 先日の掃除の時間のことです。生徒たちの様子がいつもと違いました。なかなか掃除に取りかかれずにいたのです。今までには、なかったことです。体育祭の練習の疲れや暑さのせいもあったのでしょう。その日の掃除の終わりの反省会で、自然と私の顔が険しくなっていたようでした。
 翌日の掃除の時間は、前日の私の表情を感じていたのでしょうか。みんなてきぱきと掃除をしていました。
 この日の掃除の反省会が終えたときです。三年生の女子が私のところに来て、「先生、今日は丸いね。」と、にこっと、しながら声をかけてくれました。「昨日はどうだったの?」と問い返すと「昨日は……、三角だったね。尖っていたよ。」と言うのです。
 子どもたちの感性と表現力に驚きました。
 気持ちが顔に出てしまったことに反省をしなければと思いながらも、子どもが教師の表情を敏感に感じ取ることに、怖さとすごさを感じました。
 言葉だけではなく、教師の行動や表情などが子どもたちに与える影響はとても大きいものなのです。
 彼女は、私が無意識に表情に出してしまったことを感じ取り、翌日、それを伝えてくれたのです。

そっとツバメの糞を

 私が毎朝、生徒昇降口を掃除していると、ある日、その昇降口付近に、新聞紙を敷いたダンボールが置かれるようになったのです。
 ツバメが巣を作り、糞を落とすと、昇降口が汚れると思ったのでしょう。ちょうどツバメの巣の下にそのダンボールは置かれてありました。それまでは、ツバメの糞が落ちていると、デッキブラシで落としていましたが、その日からは、ツバメの糞が落ちてもダンボールの上に落ち、床が汚れることがなくなりました。
 数日ごとに、そのダンボールに敷かれていた新聞紙が新しいものに換えられるようになりました。そっと誰かが換えていてくれたのです。

新聞紙の交換を彼女が

 「庁務員さんいますか。」と放課後、三年生の女子が職員室にきました。その生徒は掃除のとき、私に「先生、今日は丸いね。」と言った彼女でした。
 彼女は庁務員さんに新聞紙をもらおうとしていました。庁務員さんが「新聞紙をいつも何に使うの?」と聞くと、彼女は「ちょっと使うだけだから…」と答え、すぐに新聞紙をもらって職員室を出て行きました。
 気になって、そっと二階から昇降口を見ていると、彼女はツバメの糞が積もった新聞紙をダンボールから剥ぎ取り、新しい新聞紙を敷いていたのです。
 
 誰も見ていない場所で、そっと活動する姿に、心が動きます

 翌朝、昇降口を掃除している私は、いつもになく大きな声で生徒たちに「おはようございます」と声をかけていました。この日も「丸い」一日になりました。

2019年09月25日

一本のほうきから生まれたもの

一本のほうきから

 教育行政から学校への勤務となったとき、学校へ戻ったら、「あれもしたい、これもしたい」といろいろ考えていました。その一つが掃除でした。
 始業式の日から、毎朝、生徒昇降口付近を掃除しました。毎日一本のほうきで掃除をしているだけなのですが、いろいろなことが変わっていくのに驚いています。

生徒のあいさつに感動を

 毎朝、昇降口付近を掃除しながら、子どもたちにあいさつをしていました。声をかけるとすべての子どもが元気に「おはようございます」とあいさつをしました。朝の子どもたちのさわやかな声に元気をもらっていました。このあいさつも、数日、経つと変化がありました。
 掃除をしていて登校してきた生徒に気づかないでいる私の背中越しに子どもたちが「おはようございます」と声をかけてくれるのです。驚くことに、20メートル以上はなれた場所から大きな声で「おはようございます」と帽子を取りながらあいさつをしてくれる野球部の生徒も出てきました。
 陸上部が校舎周りを走っています。息が切れているにもかかわらず、昇降口を通り過ぎるとき「おはようございます」と声をかけてくれるのです。
 子どもは純粋です。素晴らしいと実感しています。

つまさきで歩く生徒

 昇降口付近を掃除していると思いがけないことも起きます。
 私の横をあいさつしながら通り過ぎた女子生徒がつま先で歩きながら昇降口に入っていくのです。私が掃除をした場所を汚したらいけないと思って、つま先で歩いていたのです。
 笑いながら「いいんだよ。普通に歩けば」と声をかけました。彼女も私を見て、自分の行動に苦笑いをしていました。子どもって純粋ですね。

声をかけてくれる人々

 ある日、「先生、見て」と朝の昇降口で声を掛けてくれた女子生徒がいました。彼女の指さす場所を見ると、ツバメが巣を作っているのです。「先生、今年もツバメが来たよ。去年もここに巣を作ったんだよ。」と教えてくれました。
 さりげない会話でしたが、とてもうれしく思いました。担任でもなく、授業も教えていない私に、親しく声をかけてくれるのです。二人でツバメの巣をじっと見上げていると、あとから登校してきた生徒たちも、その場に集まってきました。

 地域ボランティアとして、毎朝、子どもたちの登校を見守ってくれる方がいます。その方々とも自然と声をかけるようになりました。地域の方とも自然とあいさつをするようになりました。

ほうきの力

一本のほうきで、毎朝、掃除をしているだけなのですが、日々の変化に驚きました。ほうきのすごい力を感じました。

子どもたちと「おはよう」で始まる一日は、毎日充実の日々でした。

子は宝です

2019年09月21日

子どもの中の伝統つくり

後輩を待つ在校生

 新学期が始まります。入学式の準備が在校生によって行われます。私が以前、着任した学校でも、この光景はありました。在校生が体育館に集まり、学年・学級ごとに準備作業の分担をし、一斉に準備に取りかかります。在校生は、新入生を迎える気持ちも高まってきます。今まで後輩のいなかった学年では、その気持ちはより強いようです。
 体育館に紅白幕を張り、校門から昇降口にかけて、きれいな花がうえられたプランターを並べ、新入生が登校してくるところを一生懸命に掃いていました。
 作業しながらの話題は、新入生の話です。「何部に入るかな?」「うちの部には何人入部してくれるかな?」「○○君の妹が入学するよ。」「誰と一緒に登校するのかな?」など、いろいろな話をしています。その顔は、気持ちが高ぶっているようにさえ感じる、素晴らしい笑顔です。
 入学式のすべての準備が終え、在校生が体育館に集合し、自分たちで準備した入学式の会場を見渡しています。

黒板へメッセージを

 在校生は準備が終え、下校となったはずでしたが、数名の生徒が職員室に来たのです。そして、職員室にいる先生に「新入生の教室にメッセージを書いていいですか?」と相談しているのです。
 外がうす暗くなった頃、教室を回りました。誰もいない新入生の教室をのぞいて驚きました。教室の入り口には、折り紙を短冊に切り、リングを作り、それをつなぎ合わせたもので、飾り付けがしてあるのです。そして、教室に入ると、黒板いっぱいに新入生へのメッセージが、色チョークを使い、書かれてあるのです。学校に入学し、第一歩を踏み入れる教室を、在校生が何時間もかけてきれいに飾りつけしていたのです。

よき伝統は自然とつながっていく

 三月に卒業生を送り出しました。そのとき、一年生と二年生が卒業式の前日に、卒業生の教室の黒板いっぱいに、卒業祝いのメッセージを書いていたのです。学校生活最後の一日、その教室に入った瞬間、在校生が書いたメッセージを卒業生が目にしたのです。卒業生は、そのメッセージに返事を書き、卒業していきました。そして、四月。それぞれの学年が進級し、新三年生と新二年生が、黒板いっぱいに書いたメッセージで新入生を迎え入れたのです。
送り出す生徒たち、迎え入れる生徒たち、それぞれの思いが、黒板に書かれたメッセージの中にありました。

「していただいたこと」を「してかえしていく」

 子どもたちは、それぞれが自分の思いを持って行動しました。「していただいたこと」を「してかえして」いったのです。お世話になった先輩に、これから一緒に学校生活を送る後輩に、思いをメッセージで伝えていったのです。

よき伝統こそ、心を乗せて永遠と繋がっていきます。

2019年08月29日

教師にないものは教えられない

教師にないものは教えられない

 作家 神渡良平氏が書かれた「安岡正篤 珠玉の言葉」(講談社+α新書)を読みました。たくさんの言葉に刺激を受け、ノートにメモを取りながら、読み進めました。
 この本の中で、私の心の中に以前からもやもやしていた「教師の学びについて」が書かれてありました。

 「教師にないものは教えられない。」というごくごく当たり前のことです。指導者が知らないことを教えることは無理なのです。指導する人は指導を受ける人に対して、知っていることしか教えることはできないのです。この当たり前のことについて、今まで、真剣に意識していただろうかと振り返ります。

 神渡氏は、「教師にないものは教えられない。」という文章に続き「だから教師は日々修行しなければならない。」と書かれています。

 学力低下ばかりを意識し、教科指導を中心に、教師が教材等から調べたこと、知ったことを伝えるだけではなく、教師自身が、人としての生き方の修行を日々していかなければ、大切な子どもたちを育てることは、難しいと感じています。

 教師(大人)が必死で生きている姿を子どもたちが気づいたとき、きっと子どもたちの心の中に大きな変化があるはずです。

「だから、教師は日々修行をしなければならない。」

 この言葉に、身が引き締まる思いです

2019年08月27日

教師冥利

大きな似顔絵

 「先生、最近子どもたちが学校から帰ってくると、みんなで公民館に集まっているみたいなんですよ。何をしているのかと覗きに行くと、窓にはカーテンが閉められて中が見えないようにしてあるんです。」という連絡が私のところにはいりました。卒業制作もないのに、クラスのメンバーが毎日集まっているというのです。

表情はみんな豊かだった

 生徒たちはみな進路が決まり、卒業式までのわずかな時間を特別日課として、駅や河原の清掃、卒業遠足やお別れ球技大会など、中学校生活の最後の思い出作りをしているときでした。
 保護者からの連絡が気になったものの、学校での子どもたちの表情を見る限りでは、心配はないと思えました。
 一年間クラス担任をしていると子どもたちの顔の表情やしぐさで心の変化を感じることがあります。親と喧嘩をしてきた日、飼ってるペットが病気で元気がない日、宿題を忘れた日、もちろん体調が悪いときも子どもたちの表情はかわります。
 しかし、クラスの生徒の誰一人として表情が変わった様子はなく、とても明るく過ごしているのです。

たった一年間の付き合いなんだ

 このクラスは、私が持ち上がりのクラス担任ではなく、いきなり三年生の担任になったクラスでした。生徒たちに最初に話したことは「私はみんなの担任でいられるのは、一年間だけ。だから悔いのない一年を私は送る。」と宣言しました。 
 この一年間には、クラス内で嫌がらせもありました。さまざまな問題をみんなで話し合い考えてきました。時には保護者とも話し合いを持ちました。悔いを残した指導をしたくなかったのです。

卒業まであと数日

 いろいろなことがあった一年間も、あっという間に終わろうとしていました。卒業式まであとわずかとなり、卒業式の練習や予行練習も終わりました。
 特別日課では、「家族のあり方」をテーマにした映像を見ながら、みんなで家族について考えました。卒業式当日、式場からの退場曲は、この映像のテーマ曲を選びました。親への感謝の気持ちを忘れないでほしかったのです。一つひとつの事にも思い出を作ってほしかったのです。
 卒業式前日、生徒たちにお別れの話をしました。話の途中で、クラスで一番元気な女子が教室から飛び出したのです。彼女は更衣室に入り、そこに座り込み、声を出して泣いていたのです。

大きな似顔絵が

 卒業式が始まりました。入場前から泣き出す生徒たち。式が終えた後、後輩たちがグランドに並び卒業生を送ってくれました。卒業生が後輩の間を歩き終えたと思ったら、数人の生徒が私の所に来て、手を引き、グラウンドの真ん中に連れて行くのです。「先生、見て!」と体育館の方を指差すのです。その指差す方向を振り向いた瞬間、模造紙数枚にもなる大きな紙が体育館のベランダから広げられたのです。そこには大きな私の似顔絵とメッセージが書かれてありました。「みんなで公民館に集まって作ったんだよ。先生の似顔絵は色紙をちぎって一枚一枚貼って作ったんだよ。」と。

泣かされました。生徒たちに。

 その大きな似顔絵をバックに卒業生と記念写真を撮りました。卒業式の写真を撮りに来ていた近くの写真屋さんが、その写真を撮り、自分のお店の前に飾ってくれたのです。
 写真屋さんの前を歩く方々が見るだけでなく、卒業した生徒も見にきてたといいます。

2019年08月22日

心ひとつに(受験へ向けて)

心ひとつになればどんな困難にも

 春が待ち遠しい時期、中学三年生にとっては進路を決める時です。学級の子どもたちは、昨年から自分の進路を具体的に考え、決めてきました。
 進路は学級の子どもの数だけあります。すべての子どもたちが、これから歩み始める進路決定に向けて最後のがんばりをしています。

みんなで作ったお守り

 受験を前にして、「お互いにお守りを作ろう。」という提案が学級の中ででてきました。短冊状の色紙にクラスメイトへの合格祈願を書き、それを空のフィルムケース(今はデジタルカメラが多くフィルムケースがなくなっています)に入れ、ボンドを付けて、蓋をしました。
 みんなが作ったフィルケースのお守りは大きな箱に入れ、その箱の中から一人ひとりがそのお守りを取り出すのです。それぞれの生徒が手にしたお守りはクラスメイトの誰が作ってくれたお守りなのかはわかりません。それでもみんな大切に持っていました。フィルムケースの蓋に穴を開け、キーフォルダーのようにして、かばんにつけたり、フィルムケースに色マジックで絵を書いたりして持っている生徒もいました。クラスの誰かが見守ってくれているという思いが生徒一人ひとりにあるように感じました。

みんな進路が決まっていく

 生徒全員が同じ日に試験があり、同じ日に発表があるわけではありません。入社試験・専門学校・私立高校入学試験と終え、発表がされていきます。この時期はすでに進路決定した生徒とこれから受験をする生徒が同じ教室で一緒に勉強しているのです。私は生徒達に「クラス全員の進路が決まるまで、全員が受験生だぞ。」と言い続けてきました。そして、最後の受験の日がやってきました。

駅での見送りで

 道には霜柱が立ち、吐く息が真っ白くなる寒い朝、これから受験に向かう生徒たちを見送るため、駅で生徒たちを待っていました。緊張した顔で生徒たちが集まってきました。「受験票は持った?」という私の言葉に「うん、ちゃんとお守りも持ったから。」と答える生徒たちでした。そんな会話をしていると、すでに進路が決まっているクラスの生徒たちが、何人も駅に来たのです。「今日は受験でないぞ。」と声をかけると「みんなを見送りにきた。」というのです。
 
 受験へいく仲間を見送る生徒たちが徐々に増えてきました。駅から五十分ほど離れている生徒も、息を切らせながら走ってきたのです。「途中まで親に車で送ってもらったけどそこからは走ってきた。間に合ってよかった。」とニコニコと白い息を吐きながら話すのです。
 受験生は電車に乗り込みました。空いている席に誰も座りませんでした。みんなドアのところから、見送りに来てくれた仲間に、手を振っているのです。お守りを手に持ちながら、手を振っている生徒もいました。見送っている生徒たちも、精一杯の声で「がんばれ!」と言いながら、電車が見えなくなるまで手を振っているのです。

 15歳の生徒たちにとっては、とても緊張し大きな壁のように感じていた受験ですが、この受験を通して生徒たちは大きく成長をしていきました。  

2019年08月19日

成人式での再会

成人式での再会

 成人式は、教え子たちとの再会の時です。中学校を卒業して五年間ほどですが、教え子たちは大きく成長しています。
 三年間私のクラスだった生徒も多く、入学式のこと、家庭訪問での保護者との会話、遠足・修学旅行などの学校行事、さまざまな問題行動まで、三年間の中学校生活を鮮明に思い出しました。

すべてが勉強だった

 彼らが中学生のとき、いくつかの問題が学校で起きていました。私の注意に対し、竹刀で殴りかかろうとしてきた生徒がいました。「ここで殴りかかられたら、今までの私の気持ちは彼には通じていなかったんだな。」と思いながら、竹刀を振り上げた彼にぐっと近づきました。彼は、私の思いもよらぬ接近にその竹刀をそっと足元に下げました。
 親への反抗もありました。家庭訪問し、父親ともめている彼を家から連れ出し、私の車で彼の気持ちが落ち着くまで走り回ったこともありました。また、夜遊びをして、朝、起きられずに遅刻が多くなった彼の家に、朝、家庭訪問し、彼の部屋に入り、布団をはがし、起こしたこともありました。彼は他校の生徒との関係ができ、行動範囲も広がり、私もクラスメイトも心配することが多くありました。
 でも、クラスメイトは、彼が学校を休んだときも連絡をし、いつでも、彼をクラスの中に受け入れようとしました。

いつでもみんな一緒でした

 中学校を卒業し、数年後にクラス会が行われました。彼らが選んだ会場は、卒業をした中学校でした。しかも三年生のときの教室を会場にしたのです。みんなが教室に集まり、懐かしい話で教室は盛り上がっていました。ジュースもお菓子もないクラス会の会場ですが、みんな笑顔でいっぱいでした。
 そのとき、「みんな、中学校を卒業したときに座っていた自分の場所に座ろうよ。」と、どこからか声が聞こえました。さっと、全員が席に着いたのです。卒業してから数年経っているにもかかわらず、全員が自分の席を覚えていたのです。もちろん、彼もです。
「じゃ、先生。今から、朝の会(朝の学級活動)を始めてよ。」という声がしました。「今日は、あいつ寝坊してないだろうな。」との声に、みんなが大笑いしながら彼の方を見るのです。

先生、紹介したい仲間が

 成人式の式典が終わり、懇親会が始まると、彼が「紹介したい人がいるから、ちょっと来て。」と私を呼ぶのです。彼は私を成人式の会場の入り口の方へ案内しました。
 そこには中学校時代に彼と共に行動していた他校の生徒たちが数人集まっていました。彼は私をその生徒たちの前で、「これが俺の担任だよ。中学校の頃、話していた担任だよ。先生がいなかったら俺、もっと駄目になっていたと思うよ。」と紹介してくれたのです。

 今、彼は20人ほどの従業員がいる会社の経営を始めています。

2019年08月18日

新人顧問が新人戦へ向けて

 卓球の経験もない私が卓球部の顧問に、しかも男女両方の顧問になったことがあります。卓球部に入部してくる生徒も新人なのに、顧問の私も新人だったのです。
 部員のせいとがとても卓球が好きだったので、いろいろなところへ合同練習や練習試合に行きました。部員の技術向上のためでもあり、私が卓球のルールや練習方法を教わるためでもありました。
 夏の暑い日も子どもたちは休まず練習を続けていました。 夜、行われている社会体育の卓球の練習にも部員は参加し、大人と一緒に、一生懸命にボールをうっていました。なかなか勝てなかった卓球部が練習試合で少しずつ勝てるようになってきたのです。合同練習や練習試合も、高校生と一緒に行うことも増えてきました。

新人戦(団体戦)で奇跡が

 いよいよ新人戦がやってきました。子どもたちは、どきどきしながら当日を迎えました。個人戦では入賞するほどの大健闘でした。
 
 翌日の団体戦、みんなの心が一つになっているということを試合前の練習から感じました。試合に出る選手が練習を始めると、その周りに選手以外の部員がついて、飛んできたボールを拾っているのです。「ありがとう」「がんばってね」という言葉が、そこにはありました。
 試合が始まり、徐々に勝ち進んでいきました。気がつけば決勝戦です。最後のポイントが決まったとき、勝利の女神は部員たちに微笑みました。学校創立以来、初めての女子団体戦優勝です。

 優勝した喜びに、選手はみな、涙を流しました。
 応援していた部員もみんなが集まり、大喜びです。
 
表彰状を受け取るのは誰?

 決勝戦が終わり、表彰式の準備が始まりました。そのとき、私の周りに試合に出た選手全員が走り寄ってきました。
 「先生、表彰状って、試合に出た選手しかもらえないのですか。」と驚くようなことを聞いてきたのです。「しあに出た選手の分しかないだろうね。」と答えると、「違うんです。表彰式で賞状をもらうのは、私たち選手でなければいけないのですか。私たち、さっき試合に勝って、優勝したときうれしかったけど、でも、私たちだけの力で勝ったのではないし、いつも試合になると、私たちのために、ボールを拾ってくれて、応援してくれているから…」というのです。選手全員が、真剣な目で私を見ていました。

みんなで一つ

 いよいよ表彰式。「優勝○○中学校」と呼ばれたとき、前に出てきた部員は、今日の試合に出られなかった部員二人でした。表彰状と優勝カップを二人は照れくさそうに、受け取りました。その様子を見ていた選手は大きな拍手を送っていました。応援に来ていた先輩たちも、新入部員たちも、みんな大きな拍手を送っていました。

 子どもたちは、思いもかけないことを、まったく自然に、さりげなく行うものです。
 子どもたちは大人の想像をはるかに超えた行動をするものです。
 大人の心が大きく震えるほどの感動を子どもたちは与えてれくれます。

2019年08月15日

「いじめ」なんかに負けないぞ

先生、監督になって!

 ある日の放課後、三人の生徒が職員室にやってきました。三人ともクラスが違う生徒たちです。彼らは私の近くへ来て小さな声で、「先生、ちょっと話があるので、廊下まで来てくれますか?」と話しかけてきました。あまりにも、突然のことで、何の話なのか想像もつきませんでした。しかも、廊下で話したいというのです。「ここでは話せないの?」と声を返すと、「相談があるので、廊下で話をしたいのです。」と言うのです。
 彼らと一緒に職員室を出て、廊下の先にある相談室へ向かいました。相談事なら廊下で話すより、相談室のほうが落ち着くと思ったのです。

劇をやりたいんだ

 三人は相談室のソファーに座ると、いきなり「先生、監督になってください。」と言うのです。「先生はテニス部の顧問だし、他の部の監督なんかできないぞ。」と答えると、彼らは真剣な顔で「先生、俺たち、今度の文化祭で、劇をやりたいんです。その監督になってほしいんです。もし、先生が俺たちの監督になってくれれば、有志での参加も可能になるかもしれないんです。」と言うのです。
 文化祭は、部活動やクラス単位での参加が原則でした。彼らはその原則を知っていながら、有志で参加し、全校生徒に劇を見せたいと言い出しているのです。
 「クラスの出し物もあるし、部活動もあるだろう。いつ練習をするんだ。それに、先生は劇の監督はしたことないぞ。」と遠まわしに「参加は無理だろう」と、言ったつもりでしたが、彼らは、すでに脚本を作って、練習は毎日昼休みに行うなどのスケジュールも作っていました。

「いじめ」なんかに負けないぞ!

 彼らが手にしていた脚本を読むと、いじめにあっていた生徒が、クラスでいろいろなことを経験しながら、いじめに負けない勇気といじめのない学級を作っていく内容でした。よくも三人だけでここまで準備をしたと驚きました。
 「先生、俺たちにとって最後の文化祭だし、この劇で、全校生徒に訴えたいことがあるんです。」とやや興奮し、大きな声で、私に真剣に訴えるのです。私は、彼らの情熱に圧倒され、監督を引き受けました。
 彼らは、参加を認めてもらおうと、文化祭実行委員会へ何度も話しに行きました。ステージ発表の時間が少し空きそうということで、二十分ほどの時間をもらうことができました。「内容は監督の責任で」という条件付きです。

汗と涙のいじめ劇

 毎日、毎日昼休みに彼らは視聴覚室に集まり、練習を始めました。部活動とクラスの出し物にも彼らは手を抜かず、一生懸命に取り組んでいました。三人で始めた練習もいつしか五人に増えていました。脚本を何度も修正し、効果音を考え、大道具も作り始めていました。

 文化祭当日、短い時間でも彼らの演技は、熱いものを全校生徒に伝えました。演劇が進むにつれ、会場はシーンとなりました。演技をしている彼らの顔には、汗と涙が流れていました。

 演技をしたメンバーの一人は一年生のときにいじめにあっていた生徒だったのです。

2019年08月14日

みんなちがって、みんないい

 いつもの美容院へ、いつもの青年に髪を切ってもらいに行きました。「今日はどのくらい切りますか?」という青年の言葉に、いつもなら「いつもと同じに。」と答えていたものの、今回は「ちょうど一か月ぶりだから、一か月で伸びた分だけ切って。」と青年に言いました。
 彼は困った顔をするのです。「どうした?」と声をかけると、「今日は意地悪だな。大体はわかるけど、人間の髪の毛って、生える場所によって、伸び方が違うんだよ。それも、人それぞれで、どの場所がどれだけ伸びるなんて個人差があって、いろいろなんだよ。」とまじめな顔で言うのです。

 今までずっと、髪の毛は全体が同じだけ伸びるものだと思っていました。同じ長さだけ切っても、場所により、人により、みんな違う伸び方をするのですね。


 私は教室で子どもたちに授業をしているとき、同じ場所で、同じ時間に、同じことを教えても、どうして差が出るのか不思議に思ったことがあります。


 大村はま先生は、こんなことを話しています。


 「人でも馬でも『さあ』と言って走らせて、同じ速度で走っていくなんて奇跡は、まず起こりません。説明したらみな同じ程度にわかって、同じ歩調で進むと、本気で先生は信じているのでしょうか。スタートラインが一緒で、同じ教材で、同じ方法でしたら、同時にゴールに入らないのがあたり前です。そんなところから、劣等感や優越感が生まれるのです。それは教室の修羅場です。そしてそういった感情は、成長しようと思う心の一番の妨げとなるものなのです。」(小学館「灯し続けることば」より)


 この言葉を聴いたとき、ドキッとしました。そして、「みんなちがって、みんないい。」という金子みすずさんの詩を思い出しました。

2019年08月13日

子どもたちは大人が予期せぬことを

動きは遅いが…

 中学校で学級担任をしているときです。中学校は、教科担任制なので、自分の担当教科の授業がない時間(ほとんどないのですが)は、学級事務や教材研究、委員会、担当者の会議等が行われます。
 私は担当教科の授業がないときは、できるだけクラスの子どもたちの授業を見るようにしていました。

 入学当初から、とても体が大きく、やや動きが遅い生徒がいました。やさしく、何を言われても、ニコニコしているような生徒でした。運動は苦手でしたが、部活動は運動部に入り、一生懸命にみんなと一緒に活動を始めました。しかし、みんなの練習になかなかついていけず、汗をびっしょりかき、すぐに座りこんでしまいます。

体育の授業で

 ある日、体育の授業がグランドで行われていました。長距離の練習をしているようでした。クラスの生徒は、走る人と走っている人のタイムを計る人の2つのグループに別れての練習でした。
 秋の青空の下、みんなの声援がグランドに響いていました。その青空の下、生徒がどんどんゴールをしていく中で、何周も遅れて走っている一人の生徒がいました。体の大きな彼でした。汗びっしょりで、遠くから見ると、歩くような速さで走っているようにさえ見えました。
 彼の姿は、誰が見ていようと、何を言われようと、あきらめることなく、一歩一歩、ひたすら前に、前に、進もうとしているように見えました。
 ゴールをした生徒たちが、彼に声援を送ります。その声援の前を彼は通り過ぎ、最後の一周を走り出しました。声援はさらに大きくなっていました。
 
 次の瞬間です。一人の生徒が彼を追いかけました。その生徒に続くように、クラスの生徒全員が彼を追いかけました。そして、彼に追いつくと、彼を中心にみんなで一緒に走り始めたのです。もう、ゴールには誰もいません。
 汗びっしょりで走っていた彼は目からも汗(涙)が流れているようでした。走りながら何度も何度も目をふきながら走っている彼の姿に、流れる涙が見えるようでした。彼は、息が上がって、肩で息をしているようにも見え、泣くあまりに呼吸が苦しいようでもありました。

 彼のゴールはクラスの生徒全員のゴールでした。遠くからその光景を見ていた私は、胸が痛くなるほど震え、目が熱くなっていくのがわかりました。涙が頬を流れる前にそっとハンカチで涙をふき取りました。
 
 子ども達は、大人が予期せぬことを当たり前のように、そして、自然に行うことがあります。その言動に大人は大きな感動で心が震えます。

仲間とともに成長をする

 彼は、学年が進むにつれ、運動が苦手というコンプレックスを克服し、クラスだけでなく、全校生徒からも信頼を得るようになっていきました。誰に対しても優しく、何事にもひたむきに努力する彼の姿が、多くの生徒からの信頼を得たのだと思います。最上級生になった彼は、生徒会長として推薦されました。彼は生徒会長として、学校を動かす素晴らしい活動をしていきました。

 どんな時でも一生懸命に頑張ることが一番格好いいのです。
 

2019年08月12日

父親の子を思う強さ

また、喫煙?

 放課後、地域の方から学校に「おたくの学校の生徒らしき子どもが、タバコを吸っています。」と電話が入りました。
 何人かの教職員でその場にいくと、本校の男子生徒二人がいました。タバコを吸ってはいませんでしたが、一人は以前、喫煙で指導した生徒でした。彼らの慌てぶりから「もしかして…」と思いました。
 「ここで何をしていた?」と尋ねても何も答えません。「タバコを吸っていたのか?」と問いかけると、興奮しながら「どこに証拠があるんだ!」と、はき捨てるように言うのです。あまりにも興奮するので、その場から二人を離し、別の場所で私とその二人が話をしました。

 以前もこうして話をしたことを思い出していました。問い詰めもせず沈黙の時間だけが流れました。二人は、少し落ち着き、ぽつりぽつりと話し始めました。
 一人の生徒が小さな声で「タバコを吸った。」とつぶやくように話しました。その後、彼らと今後の生活について、いろいろな話をしました。素直に話してくれただけでうれしかったのですが、保護者にも伝えておかなければと思い「今夜、家庭訪問するから、先生が行く前に自分から親に話しておくんだぞ。」と、伝えました。

親として、子にけじめを
 
 父と妹の三人暮らしの彼でした。父親が帰ってくるころに、彼の家を訪ねました。家の中は真っ暗です。玄関から大きな声をかけると、彼の妹が出てきました。
 「お父さんはまだ仕事?」と尋ねると「お兄ちゃんと一緒に床屋に行った。」と言うのです。すでに床屋は閉まっている時間なのに、どうしてこんな時間に床屋へ行ったのか、と不思議に思いながら、床屋の場所を聞き、その床屋に向かいました。
 やはり床屋はカーテンが閉まっていましたが、店の奥から、明かりが漏れていました。
 そっとドアを開けると、そこには彼が椅子に座り、床屋の方に髪を切られる瞬間でした。彼の横には父親がじっと彼を見て立っていました。
 私はその光景に驚き、挨拶もせず、いきなり「どうしたのですか?」と声をかけました。振り向いた父親の目は涙でいっぱいでした。「こいつにけじめをつけさせるんです。」と、静かな言葉の中に、強い決意を感じました。
 「こいつ二度目です。あれだけ約束したにもかかわらず。先生、二度目ですよ。これは、俺と息子との約束です。」と話を続けました。
 彼は、何も話さず、あふれる涙を拭きもせず、鏡に映っている自分の顔をじっと見ているだけでした。
 床屋の方が彼に声をかけました。「いいの?切るよ?」と。「うん」とうなずく彼の頬から涙が落ちました。
 電気バリカンの音が、部屋いっぱいに響きました。彼の髪はどんどん短くなっていきました。わずかな時間で短髪になった彼は、なぜかさわやかに感じました。彼の頬には、流れた涙の跡だけが残っていました。

俺の彼女です

 彼が社会人になったころ、偶然デパートで女性と一緒に歩いている彼に会いました。「先生、俺の彼女ですよ。」と隣にいた女性を私に紹介してくれました。「先生ですか?中学校のころ、本当に迷惑をかけたと聞いています。お父さんにも迷惑かけたから、親孝行したいって、彼ったら、よく話すんですよ。本当に、悪い子だったんでしょ?」と彼女が話している横で、彼女の横で彼は照れ笑いをしていました。 

いつまでたっても、教え子は忘れられないです。

2019年08月11日

親父に手を挙げてしまった

先生!息子が…

部活動が終わり、職員室で学級の仕事をしている時でした。外はもう真っ暗。職員室は数人の職員だけでした。突然、職員室の電話がなりました。電話の近くにいた私が受話器を取ると「中野先生ですか?息子が、今、家で暴れて…」と声にならぬ声でお母さんが話しだしたのです。私は状況もわからぬまま、彼の家に向かいました。

思春期というけれど

彼はここ数日間、学校をサボりはじめ、親に対して反抗的な態度をとるようになっていました。
 朝の会が終わり、クラスの生徒に「ちょっと出かけてくる。」といって、私は何度か彼の家に行きました。彼の部屋に入り、ベッドで寝ている彼の布団をいきなりはがし、「朝だぞ!」と。寝ぼけながら返事をする彼を起こし、しばらく彼の部屋で話をし、「学校で待っているから。」と伝え、彼の家を後にしていました。そんな生活が続いている時に、彼が家で暴れたのです。

私はこの子の親です

 彼がいろいろと問題を起こし、地域でも目立ち始めました。何度も家庭訪問をし、保護者とも話をしてきました。ある日、父親が「息子は、みんなに迷惑をかけています。『親がだらしない』とか、『もっと親が厳しくしないからだ』とか、地域からもいろいろな声が入ってきます。一時はこの地域を歩くことも、辛かったです。でも、私は息子の親です。周りがなんと言おうと、息子の親なのです。しっかり歩いていかなければ…」と、つぶやくように話されました。

おやじ!

 電話をもらいすぐに家庭訪問をし、彼の家の玄関に入ると、家の奥から彼の大きな声が聞こえてきました。すぐに家にあがり、声のするほうに行くと、体の大きな彼と取っ組み合っている父親の毅然とした態度がそこにはありました。
 彼の目は涙でいっぱいでした。私は興奮している彼の手をとり、玄関まで連れてきました。「息子さんと少し話をさせてください。」と、両親に伝え外に出ました。彼は素直に私の車に乗りました。その素直さに、彼は誰かに止めてほしかったのだと感じました。
 彼と夜のドライブです。彼は助手席でずっと黙って下を向いたままです。彼の足元に、涙がぽつぽつと落ちているのが、運転している私にもわかるほどでした。

おやじ、ごめん

 しばらく車で走りました。運転しながら「おい、どうする?」という私の言葉に、彼は「うん」と小さな声でうなずきました。
 親とのトラブルの原因など私にも彼にも、どうでも良かったのです。彼の涙は、自分が親に手を出したことに対して、自分を責めている涙なのです。
 「帰ろうか?」「うん」「あやまれるか?」「うん」こんな会話だけで彼を家まで送りました。
 玄関には、彼を迎えるように両親が立っていました。彼は小さな声で「ごめん」と。両親は安心した顔でしたが、おどけて私が「声が小さいよ~」と彼に声をかけると、彼は照れ笑いをしながら大きな声で「おやじ、ごめん。」と。そのまま恥ずかしそうに彼は自分の部屋に飛び込んでいきました。

親父が一番

 彼が成人してから、ときどきその学年の生徒と一緒にお酒を飲むことがあります。ある日、彼が飲みながら同級生に驚くことを話しているのです。
 いろいろなことで悩んでいる同級生に「親父に何でも話をしてみろよ。意外と親父って頼りになるぜ。俺は今、親父が一番頼れるよ。」と。

子にとって親はいつまでも頼りになる親なのです。
親にとってどんなにやんちゃでも子はいつまでも子なんです。

2019年08月10日

修学旅行は 親思う旅

 親と担任の内緒の話

 多くの学校では一学期に学級懇談会があります。修学旅行が間近に迫っている学年では、懇談会の中で修学旅行の説明会も行われます。
 私は、ある年から三年生を担任すると、修学旅行前に保護者と内緒話をするようになりました。「子どもたちに内緒で、お願いがあります。修学旅行先で子どもたちが家庭に手紙を書きます。その時に、保護者からの手紙をそっと用意しておきたいのです。」とお願いをします。
 担任からの急なお願いに多くの保護者はためらい、わが子へ何を書いたらよいのか困っている顔をします。「『修学旅行を楽しんでいますか?』の一言でもいいのです。お願いをします。みなさんがわが子へ書いた手紙は、封をして、そっと私に届けてください。」とさらにお願いをします。 

 修学旅行へ出発

 修学旅行当日の朝、生徒たちと見送りの保護者が集合場所に集まりました。私のかばんの中には、生徒の誰もが知らない保護者からの宝物が入っています。生徒たちは修学旅行へ行く楽しさが顔に表れています。みんな笑顔でいっぱいです。二泊三日の修学旅行の出発です。
 毎回、修学旅行の業者の方に「この子達にとっては、一生の思い出になる三日間です。よろしくお願いします。」と伝えます。業者の方も「もちろんです。素晴らしい旅にしましょう。」と答えてくれます。
 新幹線の中でも、そして京都・奈良に着いても子どもたちは元気いっぱいです。様々な学習を行い、一日目の活動が終わります。
 
 子思う親・親思う子

 夕食、入浴を終えた生徒たちは、大きな部屋に集まりました。班ごとに反省を行い、健康状態を確認しました。
 その後、生徒一人ひとりのテーブルに便箋と切手を貼った封筒を配りました。そして、「家族に旅の便りを」とプログラムを進めました。

 ちょっと間をおきました。生徒たちは何かあったのかと思い、部屋はシーンとなりました。

 「みんな目を瞑って。今日一日を振り返ってみよう。みんなの親が朝の見送りをしてくれたこと、修学旅行へ向けていろいろと準備をしてくれたこと、みんなと一緒に修学旅行へ行けるようにお金を積み立ててくれたこと、一つ一つを思い出してみよう。」と静かに話をしながら生徒一人ひとりの席を回り、保護者からの手紙をそっとテーブルに置いていきました。
 
 「目を開けてごらん。」生徒は自分の目の前にある名前の書かれた封筒を見て驚きました。ある子は嬉しそうに、また、ある子は恥ずかしそうにその封筒を開け、読み始めました。

 部屋はシーンとしています。

 どこからとなくすすり泣く声が聞こえてきます。

 そのすすり泣く声は徐々にひろがり、部屋のあちらこちらから聞こえてきました。流れる涙を友達に見られないように、顔を伏せ、返信を書いている子もいます。男子も女子もみんな目が真っ赤です。

 私には保護者が何を書き、子どもたちが何を返信しようとしているのかわかりません。ただ、「子思う親と親思う子」の姿がそこには確かにありました。

 「先生、早く手紙を親に届けてあげたいので、今夜私が郵便局まで行って投函してきます。」と添乗員さんが声をかけてくれました。添乗員さんの目も真っ赤でした。    


親思う子の姿 子思う親の思い 忘れられません


2019年08月09日

子猫が子どもたちに教えてくれたこと


『誰もいなくなった教室』

子猫が朝の会に

 ある朝、教室へ向かう途中で、クラスの男子生徒とすれちがいました。何かを制服の中に入れ、私の声にも気づかない様子で小走りに教室へ向かっていました。
教室へ入ると、どこからか子猫の泣き声がするのです。教室を見渡す私と目が合ったのは先ほどの生徒でした。
突然その生徒は立ち上がり、「先生、学校へ来る途中の道端でこんなに痩せている子猫が箱に入れられ、捨てられていたんだ。過ぎ去ろうと思ったけど、この猫が俺のほうを見て泣いているから、学校へつれてきちゃった。さっき、何かを食べさせようと探しに行っていたんだ。」というのです。

 すでに何人かの生徒も子猫のことを知っていました。
「勉強に関係ないから、もとの場所にもどしてきなさい。」「子猫が教室にいたら、勉強できないだろう。他の場所においてきなさい。」とは言えませんでした。彼にどんな言葉を返してよいか迷っていました。その沈黙の時間、クラスの生徒はじっと私を見て、私の言葉を待っているように感じました。
子猫のよわよわしい小さな声が聞こえたとき、「子猫にはかわいそうだけど、授業中は教室の後ろで、授業の終わるのを待ってもらおう。休み時間は、大切に抱いてあげよう。」と言葉が出ていました。
生徒の顔がニコニコしているのがわかりました。

ハンカチで牛乳を

 生徒は普段以上に授業に集中している感じがしました。休み時間になると、ある生徒は器をもらいに、ある生徒は職員室に牛乳をもらいに動き出していました。みんなが子猫の周りに集まり、早く元気になってほしいと牛乳を子猫に与えようとしました。しかし、子猫はなかなか飲もうとしません。そのとき一人の生徒が自分のハンカチを取り出し、そのハンカチに牛乳を染み込ませ、子猫の口に持っていくのです。よわよわしい子猫もやっと牛乳を舐めるようにして、飲み始めました。生徒から歓声があがりました。

誰もいない教室

 午後の授業が始まりました。教室に近づくと、教室内はシーンとしているのです。そしてドアを開けると、教室には誰もいないのです。私が教室を間違えたのかと時間割を確認しましたが、間違いなくこのクラスの授業です。生徒の机の上には授業の準備ができていました。でも、生徒も子猫もいないのです。
 しばらく教室で待ちました。数分後、みんな目を真っ赤にして泣きながら教室にもどってきました。
 「先生、授業遅れてごめんなさい。」と言いながら席につきました。察しはつきました。
 しばらく沈黙が続きました。ぽつりぽつりと声が聞こえました。「僕たちであそこにお墓を作ったけどいいよね。」「何で死んじゃったのかな。」「俺たちでは助けられなかったのか。」「かわいそうだよ、捨てられて、死んじゃうなんて。」
そんな言葉が聞こえると、多くの生徒は声を出して泣きだしました。私は何も言葉をかけることができませんでした。

生徒たちは子猫の死から命の大切さと命の重みを感じ、同時に、子猫の命を救えなかった自分たちの力のなさに悔しく思っているのです。いじらしいほどの生徒たちです。

2019年08月08日

やんちゃな子 家庭学習を

『俺たちにとっては、最後の学校なんだ』

~ 学校の思い出はいつまでも忘れない ~

 駐車場でたむろする少年たち

 ある日、駅前の居酒屋で職場の仲間と飲んでいました。いろいろな話で盛り上がり、居酒屋を出たのは、もう深夜11時を過ぎていました。
我が家までは、歩いて30分ほどです。もう最終のバスにも間に合わず、タクシーは多くの人が並んでいたので、駅で仲間と別れたあと、1人で歩きだしました。

 しばらく歩いたところに大型スーパーがあります。そのスーパーの駐車場の暗闇の中に、数台のバイクと人影が見えました。しかも、暗闇にいる人影は私の方をじっと見ているのです。

 酔っている私は、吸い込まれるように、その人影の方に足が向いていました。
人影に近づくと「あ、やっぱり。先生じゃん。なんでこんな時間に1人で歩いているだ?」と卒業生の声がしました。「それは俺のいう言葉だよ。何でこんな時間に、こんなところにいるんだ?」と思わず彼らに言葉を返しました。
「先生、久しぶりじゃん。」という彼らの言葉から、中学校時代の懐かしい話が始まりました。彼らとともに、私もその場に腰を下ろし、いろいろな話をしました。


問題多き中学時代

 彼らは、中学校時代に多くの問題を起こしてきた生徒たちです。毎日のように彼らの家を訪ねました。学校で起こした問題を保護者に伝え、本人とも話をしてきました。

 「先生がうちに来ると、家が大変なんだ。親父とお袋がもめるんだ。もう、こないでくれ!」と怒鳴ってきたこともありました。「お前がいろいろなことをするからだろう。親はわが子のことが心配で学校のことを知りたいものだぞ。」と言葉を返していましたが、そんな私の言葉で納得することはありませんでした。それでも、家庭訪問は続きました。私が訪ねても、まだ本人が帰宅していない日もありました。

 ある日、「先生、どうせ家に来るなら、勉強教えてや。」と、思いもよらぬ言葉が彼の口から出たのです。中学3年生の進路の時期でもあり、勉強が気になりはじめ、あせりもあるのだと感じました。今までの家庭訪問とは違い、一緒に勉強し、彼といろいろな話をする時間ができました。

 私が訪ねる日に、彼の妹が「先生が来るから、たこ焼き買ってきた。」と、用意をしてくれた日もありました。

俺たちにとっての最後の学校

 そんな懐かしい話をしていると、彼らは私が忘れていることもたくさん覚えていました。「先生、学級の係り決めたとき、俺、いなかったよな。」「2学期の掃除場所、先生覚えている?」「黒板の落書き、俺みんな覚えているよ。」と、次から次へと、話し続けるのです。
「どうして、そんなことまで覚えているんだ?」と彼らに尋ねると、「俺たちは、中学校を卒業して、就職しただろう。だから、俺たちにとっての学校は、中学校が最後なんだ。みんなは高校とかの思い出もできるかもしれないけど、俺たちの学校の最後の思い出は中学校なんだ。」
衝撃的な言葉でした。今まで考えてもいなかった卒業生の心の言葉を聞いた感じがしました。

私にとっての教師は、いつでも生徒たちです。

2019年08月07日

不登校と一言でいうけれど

学校に行けなくても

 三月は別れの季節です。最上級生が学校を巣立っていくときです。
 今年も全国でたくさんの児童・生徒が学校から巣立っていきました。それぞれにさまざまな思い出を持ち、新たな道を歩み始めました。

ある中学校の生徒の卒業文集の一部を紹介します。

* * * * *

 二年生の時の体育祭は私にとって忘れられない思い出です。お父さんがお弁当を持って応援に来てくれました。とてもうれしかったです。私のお父さんは、その年の秋に病気で亡くなりました。ショックでした。

 三年生になって、なかなか学校へ行けなかったけれども卒業式を楽しみにしています。先生にはお世話になりました。学校を卒業してもいい思い出になれるようしていきます。これからもがんばります。

* * * * *

 彼は中学校の出席日数はあまり多くありませんでしたが、卒業式の日、みんなと一緒に元気に巣立っていったのです。
 
 中学校三年間の中でたくさんのことに迷い、悩み、苦しみ、学び、自分の進む道を見つけ、巣立ちの日を迎えたのです。

 すべての子どもたちが、自分を見つめ、自分探しをしながら、学校生活を送っているのです。


2019年08月06日

我が子が進路を決めるとき

『わがまま言って いいんだよ』

〇親子でトラブル

 中学校3年生の2学期は具体的に進路先を絞り込む時期です。
そんな2学期のある晩、男子生徒の保護者から私の自宅に「進路のことで相談をしたいのですが、明日、学校へ伺ってもよろしいですか?」と電話が入りました。

 翌朝、彼は元気がありませんでした。彼に「昨晩、親と進路の話をしたの?」と声をかけましたが、彼はひと言「もういいんだ。決まったから」と言うのです。「放課後、お母さんが来るから一緒に話そう」と声をかけたのですが、彼はうつむいたままでした。

放課後、彼と母親と私の三人で話をしました。「この子は父親と進路先の相談ができないのです」と母親が話し始めたとき、彼が「もう決めたって言ったじゃん!」と大きな声で言うのです。「でも、本当にそれでいいの?」と母親は息子に言葉をかけました。

〇自傷行為

 以前、彼の腕にひっかいた跡が残っていました。そのとき、気になり彼に尋ねたことがあります。彼は「自分でやっちゃった」と明るく答えました。その後、今度は彼の頬が赤くなっているのに気づきました。彼に聞くと前回と同じように「自分でやっちゃった」というのです。不思議に思い、問い詰めると、彼は自分の心が整理できなくなると、部屋に閉じこもって自傷行為をしていたのでした。

 母親と彼と話をしながら、そのことを思い出し、そっと彼の腕を見ました。まだ新しい傷がそこにはありました。
 進路先について父親はどうしても公立高校へ行ってほしい、いや公立高校でないと受験させないと言っているというのです。でも彼の中には、どうしても行きたい私立高校があるのです。それが口に出せなかったのです。それで昨晩も言い出せず自分の部屋に閉じこもったという。

〇わがまま言っていいんだよ

 「先生の前だから、ちゃんと自分の気持ちを言ってごらん」と母親は彼に話しかけるのです。
 やっと彼は自分の言葉で、自分の進路について話し出しました。「俺、A高校のB科に行きたい。ずっと前からそう思っていた」と小さな声だがしっかりとした口調で話しました。
 彼にどうしてそこに行きたいのかと尋ねると、彼はとてもよくその高校を調べていました。実際にその高校へ行き、取得できる資格を調べ、自分の将来の職業までも考えていたのです。
 「なぜ、お父さんにそのことを言わないの?」という私の言葉に「だって親父は頑固だから、いったんダメといったら絶対ダメなんだ。俺が小さい頃からずっとそうだった。それに、お金が公立高校より少し余計にかかるし…」と。彼はもう涙声でした。
 「A高校を受験しなさい。お母さんからもお父さんに話すよ。お金のことは気にしないでいいよ。お母さんも働くから、だからあんたもがんばって」と、母親は泣きながら我が子の肩を抱きしめした。

 「今まで家族のことを考え、幼い兄弟のことを考え、自分の事を一番後回しにして考えてきたんだろう。いいんだよ。わがまま言って。もういいんだよ。思いっきりわがまま言って」と彼に声をかけるのが私には精一杯でした。母親は彼の手を握り「一緒にがんばるから」と彼に声をかけました。彼はポタポタと涙を落としながら大きくうなずきました。

彼の進路決定は受験高校を決めるだけではなかったのです。父親からの巣立ちでもあったのです。

*彼は希望したした私立高校を受験し、優秀な成績で合格しました。入学式の時、彼が新入生代表として挨拶をしたのです。
 数日後、ご両親が私のところ訪ねてきました。「先生、うちの息子です」と言いながら手渡したのは彼が入学式で新入生代表として挨拶をしているときの写真でした。

2019年08月05日

子どもの感性

「にこにこ」と「にっこり」

 小学校で二年生の国語の授業研究がありました。もちろん授業には毎時間その授業のねらいがあり、そのねらいにむけて授業が進められています。
授業中に、突然女の子が「先生、ここに書いてある『にこにこ』と『にっこり』ってどこがちがうの?」と教科書を指差しながら先生に質問をしました。
教室の後ろにいた私もあわてて、辞書で調べてみましたが、そこには、「にこにこ」も「にっこり」も「声をださず、うれしそうに笑うようす」と書かれてありました。教室の後ろにあったもう一冊の辞書では「にこにこ…楽しそうにほほえみを浮かべるさま。にっこり…にこにこ」と書かれてありました。「にこにこ」も「にっこり」も同じなのです。

 私が教室の後ろでこうして辞書で調べていると、一人の女の子が手をあげ、「先生、にこにこは、いっぱい、にこにこするんだよ。にっこりは、にこっ、と短くするんだよ」というのです。

 それを聞いて、今度は男の子が前に出て、「こうだよ」といいながら、自分の顔で「にこにこ」と「にっこり」の違いをみんなに伝えるのです。

 その男の子が席にもどりかけたときです。「あっ!」と小さな声を出して、別の女の子が手を上げました。「先生、わかった!プレゼントをあげるときに『にっこり』するよ。プレゼントをもらうとき『にこにこ』するよ。そうだよね。」と、大きな声で、クラスのみんなに話しました。
その話を聞いたクラスの子どもたちは「そうだね。プレゼントをもらうときに、うれしくて『にこにこ』するよ。あげるときは、なんかわくわくして『にっこり』しながらあげるよね」と納得しているのです。

 この女の子の答えに驚きました。プレゼントをあげるときと、もらうときの違いが、「にっこり」と「にこにこ」の違いなのだという例に、私も納得をしました。

 どんな辞書よりも、多くの人を納得させるものでした。この回答に、クラスの子どもたちの表情はとても明るく、授業も充実したものになりました。

 大人が知識として知っていることを子どもたちに単に伝えていくだけでは、子どもたちはどれだけ理解し、納得するだろうかと気になるところです。
 子どもたちは日常の生活の中で、体験して身につけていくことがたくさんあります。文字だけでは納得できないものです。

 この授業の中で、教師が「さぁ、みんなで『にこにこ』と『にっこり』を辞書で調べてみましょう」と指示をしていたら、子どもたちはどのような反応をしたでしょうか?「なんだ、同じ意味なんだ。」で終わってしまったかもしれません。

 子どもたちは大人が想像もできないほどのすばらしい発想をいつも持っています。子どもたちの発想に感動で心が震えることがあります。

2019年08月04日

感動を生む店員の姿

優しさに溺れるほど

 優しさに溺れてしまうという表現をしたいほどの感動の連続が数時間でおきました。
 群馬県に所用があり車で出かけた時です。以前から画材屋さんで欲しいものがあったので、少し早めに自宅を出て高崎市内の画材屋さんを訪ねました。

 オーブン粘土が欲しかったのです。一軒目の画材屋さんを訪ねました。店員さんに「オーブン粘土はありますか?」と聞くと、粘土がおいてある棚に案内をしてくれましたがその粘土はありませんでした。「しばらくお待ちいただけますか」と。店員さんはお店の奥に入り在庫を調べてくれたのです。「お客様、申し訳ありませんが、現在取り寄せ予定がないのです」と伝えてくださいました。

 ここで店員さんとの会話が終わると思ったのですが、驚くことに、「お客様、この先に手芸店があります。そこにあるかもしれません。今、地図をご用意いたします」と言うのです。その地図はインターネットで調べ、そのお店から手芸店までの経路と時間がわかるものをプリントアウトしたものでした。さらに、「手芸店にお電話してみましょうか?お客様が訪ねて、その粘土がないと申し訳ないですから」というのです。驚きました。
 「まずは行って見ます」と返事をしたのですが、その方はお店の前まで一緒にきて、「お客様、そこに見える道を左に行って…、」と案内をしてくれたのです。

 感動はさらに起きました。紹介をしてくださった手芸店。地図のおかげで迷うことなく着いたのですが、ここにも欲しい粘土がなかったのです。店員さんに尋ねると、在庫を調べてくれました。そして、現在はその粘土は置いてないということがわかりました。
 「ネットで買うしかないのかな」と思っていると、店員さんが、「市内にもう一軒手芸屋さんがありますが行ってみますか?駅の向こうなのですが」と。
すごいです。二軒とも、こうして次の店を紹介してくれたのです。地図とお店の名前を教えて頂きました。「実はお客様、この店はうちのライバル店なんですよ」と笑いながら言うのです。
考えれば同じ市内にある手芸店、でもそこならあるかもしれないと教えてくれたのです。

三軒目に行きました。あまりにも大きなお店で、粘土がある通路もわからず店内をウロウロしていると、「何をお探しでしょうか?」と店員さんが声をかけてくれました。粘土のコーナーに行くと、そこには欲しい粘土がありました。

粘土が欲しいという私一人の思いを、こんなに何人もの方が繋いでくれたのです。きっといつもお客様サイドで考えているお店ばかりなのでしょう。


三軒とも高崎市という同じ市内にあるお店での出来事です。
丁寧な言葉で「申し訳ありません。本店にはおいてありません」で終わるのが多くのお店です。
来店者の思いをここまで共感し、一緒に探してくれる、しかも同じ市内での3店が。

人は本当の優しさに触れた時、涙が出るほど感動します。

仕事とは、感動を生み出す営みなのかもしれません。

2019年08月03日

たった一人の卒業式


 春は出会いと別れの季節、学校では三月に卒業式が行われ、三年間、同じ学校で過ごした生徒たちが巣立つ時を迎えます。

長い間、学校に登校できなかった生徒がいました。担任はなんども家庭訪問を繰り返してきました。なんとか卒業遠足に参加できないか、クラスのみんなが揃う最後の日である卒業式には来て欲しいと願いながら、家庭を訪ね続けました。
しかし、卒業式が近づいてきたある日、「卒業式に参加できそうにない」と保護者から担任に連絡が入りました。みんなと一緒に体育館のステージで卒業証書を受け取れそうにないと言うのです。
 学年主任と一緒に担任が真剣な顔をして「午後からでしたら学校にくることができると思います。午後に卒業式をさせてほしい」と私のところに伝えにきました。担任の言葉からは、みんなと同じ日にその生徒にも卒業式を行いたいという思いが強く伝わってきました。午前中の卒業式が終えた日の午後から、もう一度、卒業式をすることを決めました。全職員に伝えると担任の思いが伝わったかのように、みんな笑顔で自然と拍手がおきました。
卒業式当日です。全職員は午前中の卒業式を終えると、卒業式の余韻を味わいながらも、すぐに午後の卒業式の準備を始めました。
 会場は体育館ではなく会議室で行うこととしました。しかし、準備は午前中に体育館で行った卒業式の紅白幕を持ってきて、会議室の壁につけました。花も卒業式で使った花、校旗も体育館からそのまま持ってきました。演台の前には、椅子を二つ縦に並べました。前にある椅子は生徒用の椅子、後ろの椅子は保護者用の椅子です。会議室の窓側には、校長、教頭、教務主任の椅子。廊下側には三年担当の職員の椅子が並べられ、会場準備はできました。音楽も流したいと言う職員。CDプレーヤーで音楽を流すのかと思っていたら、校内放送で校舎全体に流すと言うのです。

 午後二時、母親と一緒に生徒がやってきました。校長室で私から卒業証書を受け取るだけだと思っていた様子でした。担任が会場(会議室)へ生徒と保護者を案内しました。会場に用意された席には三年担当の職員がすでに座っていました。式次第も来賓の挨拶以外は午前中の卒業式と同じに行いました。
式が始まるとすぐに泣き出した生徒と母親。予想もしていなかった式場の雰囲気に驚いたようでした。
 校長の話では、この生徒用に考えた話をしました。「心の底で力をためる、そしてかなえる君の人生」というフレーズが入っているシーモという方が歌っているコンティニューという曲の詩も伝えました。そしてこのコンティニューの詩を手書きし、額に入れて本人に渡しました。校歌も会場にいる先生方と一緒に歌いました。式の中では、午前中の卒業式と同じように音楽も校舎全体に流しました。司会が進行するタイミングに合わせて音楽が流れたのです。
式が終わってから知ったのですが、会議室の廊下に一人の職員がいて、放送室にいる職員と電話をつなぎ、司会の言葉を聞きながら、音楽を流すタイミングを連絡していたのです。そこまで考えて校舎全体に音楽を流し、この学校からこの生徒を卒業させたいという思いが職員にはあったのです。
閉会の言葉を教頭が宣言し、式が終わりました。司会をしていた教務主任が「卒業生退場」と伝えると、退場の音楽とともに会議室を出ようと生徒と母親がドアを開けた瞬間、廊下には全職員がいたのです。
全職員からの「卒業おめでとう」という言葉と拍手の中を号泣しながら生徒と母親は歩いていきました。

生徒と母親は、昇降口からグラウンドに出て行きました。二階の校長室からはグラウンドにいる二人の姿を見ることができました。
親子二人が校舎を見上げている時です。校舎の二階から、シャボン玉が飛んだのです。午前中の卒業式でも卒業生が昇降口を出る時に飛ばしたシャボン玉です。ここまで職員は準備をしていたのです。できるだけみんなと同じに卒業式を行なってあげたいという職員の気持ちがすべての行動に繋がっていったのです。
たくさんのシャボン玉が親子の上に飛んでいきました。青空に舞っているシャボン玉を親子で見上げる姿。二人の顔は涙でぐしゃぐしゃでした。

学校にくることができていなくても、この学校の思い出を作って欲しい。そんな思いが先生方には、あったように感じました。
生徒を見つめながら、心の中で叫びました。「頑張れ!人生はこれからだ」と。その瞬間、生徒はこちらを見た気がしました。
私の教員としての仕事がひとつ終えた気がしました。(子も教員も私にとって宝物です)

2019年08月02日

ホームページの開設

令和元年8月1日(木曜日) 「中野敏治 official Website」 開設しました。これからこのホームページでたくさんの発信をしていきます。よろしくお願いいたします。

2019年08月01日